「ちゃんと、寝ている?」
ボールペンが机の上からころころと転がって落ちていった。それを呆然と眺めていたを見つめて、俺は小さく呟く。
のろい動きで椅子から立ち上がり、腰を折って手を伸ばし、落ちた黒インクのボールペンを拾う、白い指先。血が巡っていないかのように白い。机の上に広げられた紙と同色とも言える。
「寝ています」
少々の間はあったものの、きちんと返って来た言葉に俺はふうんと返した。それから、続けて一言。「何時間くらい寝てるの」ここまで踏み込んだ質問はあまりしないせいか、プライベートには関わってこないはずの俺がそもそもこんなことを聞いてきたせいか、日本人らしい黒い瞳がきょろきょろと床を彷徨う。
「………ご、」
「…」
「5時間、ほどは」
「。俺は嘘を言う秘書なんて雇った覚えは無いんだけどな」
「………」
少々きつい言葉を言いすぎただろうか。
けれど、が寝ていないのは一目瞭然だった。目の下に隈まで作って、それを無理矢理化粧で消そうなんてして。ちゃちな工作は逆に不快なだけだ。ちょいちょいと手招きをすれば、大人しく歩いてくる。
すぐ隣のソファを指差し、無言で命令をした。座る。俺もデスクから離れ、ソファに座る。
「5時間、寝る時間を取っています。ただ、眠りが浅くて、眠っても、起きてしまって」
「薬なんか使ってないよね?」
「使おうかとも思いましたが…。淳……が、体によくないものは、やめろと。言っていたので、」
立ち上がり、給湯室に入る。何をしているんですかボス、との声が上がっても、完璧に無視してココアをいれる。自分でココアをいれるだなんて何ヶ月ぶりだろうか。いや、つい最近1人でいたときにいれたような気もする。普段書類仕事をしているときは、眠くなるといけないからココアはあまり飲まないんだけれど。
ソファに座りなおし、向かい側のに渡す。甘い匂いにすぐココアだと気付いたのだろう、困ったような表情を浮かべて俺を見るので、飲めばいい、と手で示した。恐る恐ると言ったようにカップを口に近づけ、飲む。やっつけでいれたものだから、少し味が濃いかもしれない。ただし、は文句を言うこともなく、そのまま最後まで飲み干した。ココアを飲まされた理由を聞かない。
「」
「…はい」
「淳の言っていたことは正論だよ。とても正しい。…こっちにおいで」
向かい合っていたを呼び寄せ、隣に座らせる。やましい気持ちは何も無い。肩に腕を伸ばし、全く状況の理解できていないに、まあ肩の力を抜いてよ、と諭す。
よく眠れないなら眠らせてあげればいいだけだと、俺は知っている。
「おやすみ」
「は、」
そしてその首筋に手を落とした。
カクンと傾いた首が、さらに傾く。そのままゆっくりと俺にもたれかかってきたを、そっと俺の肩から下ろして、膝に落として、ソファに落として。横たえさせると、上からスーツをのせた。
随分手荒なやり方をするんだなと、リボーンがいたら言うんだろう。別にどうでもいいじゃないか。俺は俺のやり方で、を大切にするだけ。
ただ、それだけ。
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